名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(う)59号 判決
昭和二十五年五月二十三日施行された下新川郡道下村本新波除護岸欠所復旧工事外三ケ所の富山県施行の土木工事請負入札に際し、別表(一)記載のとおり入札者として指名を受けるや、それぞれ公正なる価格を害し、不正の利益を得る目的をもつて、同月二十二日下新川郡魚津町東小路五番地籏智旅館及び前記入札日当日富山市新総曲輪富山県庁内において、前記各工事につき別表(二)記載のとおり落札者及び入札金額を協定し、もつて談合をなしたものである。というのである。
これに対し原判決は刑法第九十三条第二項(九六条ノ三、第二項の誤植と認める)には、「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ談合シタル者」と規定しているので同条の不正談合罪の成立する為には談合による協定者が各自己の経験から公正な自由競争が行われたならば落札するであろう価格を認識しているか或は少くとも自己を含む入札者の入札予定価格(公正な自由競争が行われるならば入札する筈である価格)中に談合による協定された落札価格より低い価格があることを認識していることを必要とすると解するを相当とするところ、これを本件についてみるに、落札予定者が落札価格の三パーセントに相当する金員を自己を含む爾余の入札指名者の饗応費及び分配金等として提供しているのであるが、協定による落札価格が競争により落札するであろう入札予定価格に右三パーセントに相当する分を加算して落札価格を協定したものであることを認めうる資料がないので右協定された落札価格からそのうち三パーセントに相当する金員を落札者が前記の如く提供する事実を以て、ただちに被告人等が各自己の経験から公正な自由競争が行われたならば落札するであろう価格を認識していたものとも認定されないし、又少くとも自己を含む入札者の入札予定価格中に談合による協定された落札価格より低い価格があることを認識していたものということができ難い(その他被告人等において、右のような認識を有していたことを認めうる確証がない)。しかのみならず富山県土木部の各工事の予定価格は何れも当時の予定価格として辛過ぎるものであつたことが窺われる。しかして各工事の協定されたと認められる落札価格は何れも右予定価格の範囲内にあり、且つ協定による落札予定者は何れも立地条件が他の入札指名者よりも有利であつたこと、及び該入札工事は比較的良好に施行されたことが認められ、しかも前記各落札価格は落札予定者が定めた価格を以て落札価格と協定したものであることが認められるので被告人等において公正な自由競争が行われたとしても右協定した落札価格以下の落札価格で落札したであろうことを、にわかに予測し難いように思慮される。従つて爾余の点に対する判断を為すまでもなく本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰する。として無罪の言渡しをしたことは所論のとおりである。
刑法第九十六条の三第二項は、あらゆる談合行為を犯罪とする趣旨ではなく、いわゆる談合罪が成立するためには、公の競売または入札において、公正なる価格を害し、または、不正の利益を得る目的で競争者が互に通謀して或特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下または、それ以上に入札しないことを協定するだけで足りるのであり、そして同条第二項にいわゆる「公正ナル価格」とは入札なる観念を離れて客観的に測定さるべき公正価格をいうのではなく、競争入札なる観念に伴い当該入札において公正な自由競争によつて形成されたであろう落札価格をいうものと解すべきである。ところで本件記録によると、昭和二十五年一月頃から富山県において施行された工事の入札については、被告人等の業者は互に自由競争により落札を争えば落札価格が低下して共倒れの状態になり業者に不利であるとして、自由競争を避けるため一定の工事につき入札指名を受ける度毎に入札指名を受けた者が集合して落札者と落札価格を協定して入札し、協定により定めた者が落札者となつた場合はその落札者は落札価格の約三パーセントを提供し、その一部をもつて落札者を含めた入札指名者間で飲食し残金は平等に分配し来つたことが窺われ本件もその例に従い、被告人等は、工事の請負入札につき自由競争を避けるため、落札者及び落札価格を協定し協定により定めた者が落札者となつた場合はその者は落札価格の約三パーセントの談合金を提供し、その金の一部をもつて落札者を含めた入札指名者間の飲食費にあて、残金は入札指名者間で分配することを知悉しながら昭和二十五年五月二十三日施行された下新川郡道下村本新波除護岸欠所復旧工事外三個所の富山県施行の土木工事請負入札に際し、別表(一)記載のとおり入札者として指名を受けるや、いずれも右工事の入札に関し、同月二十二日(旧)下新川郡魚津町東小路五番地籏智旅館に集合し協議の結果前記工事につき、被告人関口彌一、同細川繁次郎、同長田喜三右衛門の希望により関口組関口彌一、株式会社大和組、長田組長田喜三右衛門を別表のとおり落札者とすることに定め、その他の者は自己の入札指名された工事につき、右落札予定者の定めた入札価格以上に入札することの協定をなし、翌二十三日富山市新総曲輪富山県庁内において、右被告人関口彌一、同細川繁次郎、同長田喜三右衛門は各自落札せんとする工事につき別表(二)のとおり自己の定めた入札金額を他の関係被告人に告げて、これ以上に入札することを依頼し、他の関係被告人等はいずれもこれを承諾し、別表(二)記載の如くそれ以上の入札金額をそれぞれ記載して入札し、よつて同日関口組関口彌一、株式会社大和組、長田組長田喜三右衛門が落札者となり、各落札者は別表(三)に記載のとおり落札金額の約三パーセントに相当する談合金を世話人清河宗作に提供し、同人は別表(三)に記載のとおりその一部を各入札指名者の饗応接待の費用にあて、残金は各工事別にその関係入札指名者(落札者も含む)に平等に分配し、被告人等は別表(四)のとおり分配を受けたことが認められる。されば被告人等は初めから自由競争を避けるため談合により落札者を定め、かつ、その落札者から提供する落札金額の約三パーセントの金員の一部を入札指名者の饗応接待にあて残金の分配を受ける意思の下に協定したことが認められる。かように、初めから自由競争を避けるため談合により入札する意思の下に、落札者を定め、その者の一方的に定めた入札価格以上に他の入札指名者が入札することを協定することは、競争入札の機能を失わすもので畢竟入札上の公正なる価格を害することを目的として行われた談合というべくまた、落札者が提供した落札金額の約三パーセントの金員はその金額、分配の方法からして、社会常識上儀礼的なものその他正当のものとは認められないのである。しかるに被告人等は初めから落札者が提供する落札金額の約三パーセントの金員一部を談合者の饗応接待費にあて、残金を談合者に分配する意思の下に協定したものであつて、いわゆる不正の利益を得る目的をもつて談合したものというべきである。従つて被告人等はいずれも公正なる価格を害し、かつ、不正の利益を得る目的をもつて談合したものと断ぜざるを得ないのである。しかるに原判決が前掲のように認定し犯罪の証明がないと判断したのは判決に影響を及ぼすべき事実を誤認したものであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて控訴趣意第二点に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書により更に判決する。
罪となるべき事実
被告人関口彌一、同長田喜三右衛門はいずれも個人名義で土木建築請負業を営み、被告人京免当治は土木建築請負業佐々木組佐々木孝の現場世話役として、被告人細川繁次郎、同清河宗作、同油谷仁作、同柿沢清、同横越三郎、同鹿熊久一、同松波喜一、同林実、同朝野信治はいずれも前記被告人欄肩書記載のとおり土木建築請負を業とする会社等の社長または取締役としていずれも土木建築請負の業務に従事していたものであるが、
昭和二十五年五月二十三日施行された下新川郡道下村本新波除護岸欠所復旧工事外三個所の富山県施行の土木工事請負入札に際し、被告人等は別表(一)記載のとおり入札者として指名を受けるや、それぞれ右工事の入札に関し公正なる価格を害し、且つ不正の利益を得る目的をもつて、同月二十二日(旧)下新川郡魚津町東小路五番地籏智旅館において前記工事につき、被告人関口彌一、同細川繁次郎、同長田喜三右衛門の希望により、関口組関口彌一、株式会社大和組、長田組長田喜三右衛門を別表(二)のとおり落札者とすることに定め、その他の者は自己が入札者として指名された工事につき右落札予定者の定めた入札価格以上に入札することの申合せをなし翌二十三日富山市新総曲輪富山県庁内において、右被告人関口彌一、同細川繁次郎、同長田喜三右衛門は各自落札せんとする工事につき別表(二)のとおりの自己の入札金額を他の関係被告人等はいずれもこれを承諾し、もつて談合をしたものである。
(以下省略)
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)